黒田覚「象徴天皇制の意義と機能」

「物」としての象徴は特定の抽象的意味内容を表現する。「物」の象徴的機能とは、その「物」を通してそれが示す意味内容の体験が強化されることであり、そのように機能するチャンスの存在が象徴にとって本質的である。

また「ひと」が象徴性を持つ場合もある。第一に歴史的・伝記的人物、第二に歴史や伝統を背後に持つ君主。もっとも君主について「象徴」ということばが語られる例は新しく(19世紀初頭)、その理論化はさらに新しい(19世紀後半、バジョット)。

1920年代にケルゼンとスメントは同様の君主象徴論を展開している。特にスメントは君主制の本質がカリスマ性ではなく象徴性にあることを指摘する(ドイツ立憲君主制の批判)。このスメントの議論の背後には「統合 Integration」の理論がある。すなわち社会集団の統一性は dynamisch な Integrieren の過程に他ならず、統合はそれを生み出す契機の相違により人的統合 persönliche Integration(個人の指導性)、機能的統合 funktionelle Integration(各種の集団的行動)、物的統合 sachliche Integration(国旗・紋章・国歌)の三種に分類できる。

ところで、君主の象徴性が取り上げられるようになったことは立憲君主制の進展と軌を一にする。絶対君主制は伝統的支配とカリスマ的支配の結合であり、立憲君主制のねらいはその結合を解いて伝統的支配と合法的支配の結合に置き換えることにあった。この変遷において、絶対君主制においてはカリスマ性の「背光」にすぎなかった象徴性が独立して取り上げられる余地が生まれた。

立憲君主制には西ヨーロッパ的形態とドイツ的形態が存在する。前者は1814年のフランスの憲章 Charte Constitutionelle に始まり、コンスタンの中立権・調整権の理論、シャトーブリアンの議会主義の理論もこの時期に生まれた。これと反対にドイツでは君主的政府優位の立憲君主制が維持された。両者の相違は憲法規定ではなく運用上の慣行の相違である。イギリスの君主もコモン・ローにおいては大権 prerogatives を持つが convention を通してみると名目的なものにすぎない。

さて、日本国憲法天皇に関する規定は以下のような仕方で相互に関連する。

  • 日本国憲法において象徴性と「国政に関する機能」を持たないことは表裏一体である。
  • 象徴を地位として規定しているか否かは争いがある。
  • 天皇制そのものが国民の主権的意思に基づく。
  • 「国政に関する権能」を持たないことから国事行為はあくまで形式的儀礼的性格のものだと解釈されてきたが、すべての国事行為を同一の意味でそうであるとは言いがたいところに争いがありうる。

天皇の対外代表的性格の強化について GHQ がいったん諒解を与えたことからしても、マッカーサー草案は天皇の元首的性格を否定する意図を必ずしも持たなかったと見られるが、憲法天皇の非権力的地位を詳細に規定している以上、なお天皇を元首として解釈することを問題なしとしない。

元首否定論には第一に象徴と代表との哲学的性格の相違を論拠とするものがあるが、これはやや飛躍がある。第二に対外代表的性格を持たないことから実証的に否定するものがある。しかし天皇を外国大使・公使の名宛人と考えることは国事行為の性格と矛盾すると直ちにいうことはできず、対外代表権を一本化する必要は必ずしもない。

日本を共和制と見るか君主制と見るか。国民主権を基礎とした君主制を unechte Monarchie として共和制と見る基準からするとエチオピアを残して*1今日君主制は存在しない。むしろ国家機構における栄誉的・尊厳的地位の世襲制、および対外代表的性格から特徴づけるべきであり、この点で日本は君主制と言える。

天皇の地位を限りなく非権力化することは、そもそも象徴的機能を発生させることを困難にすると思われる。(この主張は象徴的機能のカリスマ的機能化をめざすことを意図しない。)

*1:1964年時点。後に共和制へ移行