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『苦海浄土』について

昨日は『苦海浄土』の第一部を読み返してひとに紹介するための小文を書いた。宮本常一うんぬんは内輪ネタ。

 水俣病を描いたノンフィクションである。1969年、すなわち水俣病が表面化して十余年の後、チッソに対する第一次訴訟がようやく緒についたおりに発表された。病の存在が公式に認められる以前のことから書き起こすこのドキュメントは、当時水俣病にかんして啓蒙的役割を果たしもした。その後二つの続編が発表されており、したがって今回紹介するのは三部作の第一部ということになる。

 さてしかし、この作品をどう紹介したものか。通常のノンフィクションとは異質な、およそ規格外のテクストであるのは間違いない。外形的特徴を述べるなら、さまざまな引用が駆使され、詩的言語によってそれらがつなぎ合わされている、というべきだろうか。水俣の漁民たちの語り、公文書、新聞、カルテ、医学雑誌、講演の書き起こし……等々、が並置され、相互にさまざまな効果を生み出しつつ、その全体がひとつの文学作品に昇華されている。とくに漁民たちの方言言語は、石牟礼の内省と重なりあいつつ、本書の叙述の基層をなす。わたくし事だが、宮本常一の『忘れられた日本人』を以前に読んだとき、ひそかに本書を連想していた。僻村の人びとの声を生々しく写し取った文体に既視感をおぼえたのだ。この類推はあきらかにやや粗雑であるとはいえ、宮本の「土佐源氏」の原案が収められた『日本残酷物語』に本書の一部もまた先行して発表されていることを思えば、全くゆえなしとしないのではないか。実際、水俣の村民たちの生活の描写は第一級の民俗学的資料たりうると思われるほど細密で活き活きとしている。

 もっともその光景は水俣病という底知れぬ暗やみに侵蝕されゆく光景なのであり、病んだ人びとの語りを写し取る石牟礼の衝迫も、当然、失われゆく文化などといった、たんなる定型句的な次元に向けられるのではありえない。以下に本文をやや長く引用する。石牟礼の本書執筆にあたっての決意をつづった箇所である。「水俣病の死者たちの大部分が、紀元前三世紀末の漢の、まるで戚夫人が受けたと同じ経緯をたどって、いわれなき非業の死を遂げ、生き残っているではないか。呂太后をもひとつの人格として人間の歴史が記録しているならば、僻村といえども、われわれの風土や、そこに生きる生命の根源に対して加えられた、そしてなお加えられつつある近代産業の所業はどのような人格としてとらえられねばならないか。独占資本のあくなき搾取のひとつの形態といえば、こと足りてしまうか知れぬが、私の故郷にいまだに立ち迷っている死霊や生霊の言葉を階級の原語と心得ている私は、私のアニミズムとプレアニミズムを調合して、近代への呪術師とならねばならぬ。」(全集版、56頁)……そして『苦海浄土』の言語世界は、水俣病の記録を通じ、人びとの「生命の根源」にまで達する、かぎりなく美しい・だが同時に悲愴この上ないヴィジョンを呼び起こすのだ。

 だが、すぐれた文学作品としての側面を強調しようとして、紹介がやや抽象面に傾きすぎたかもしれない。最後にふたたび、本書が水俣病の惨状への一般の理解に寄与するところ大であったことを確認しておきたい。水俣病はそもそもいかなる病であったか、いかにして拡大したか、漁民・市民・チッソ・県や国の間にどのような力学が作用していたのか、といったことを知る上でも、本書を読むことはいまなお有意義であろう。本書は水俣病の忘却に抗する試みでもあるのだから。