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斎藤編『連続講義 現代日本の四つの危機』

連続講義 現代日本の四つの危機 哲学からの挑戦 (講談社選書メチエ)

連続講義 現代日本の四つの危機 哲学からの挑戦 (講談社選書メチエ)

  • 斎藤元紀編『連続講義 現代日本の四つの危機:哲学からの挑戦』講談社選書メチエ、2015年。

「現代日本の危機」をテーマにした12人の哲学者による講義録。梗概は省略。総じてあまりよい本ではなかった。

そもそも、哲学者の名において危機を語る試みには、個人的な感覚としてはどうにもうさんくさい感じがつきまとう。その「危機」と現に向き合っている学問的・非学問的実践の成果をきちんと踏まえているのかという疑念はさて措くとしても、危機を取り上げ、それを解決する魔法のツールとして哲学を持ち出す、という行為は一種のマッチポンプになりかねないのではないか。平常多くの人は哲学を必要としない。一旦危機が生じれば、人は思考と判断の拠り所を求めるだろうし、「そもそも論」としての哲学の需要も生まれる。高い精度で状況を分析し、問題を取り出せるならもちろん有意義だけれど、工夫しない限りはたんなる話のまくらに堕する。『存在と時間』の第3節などは典型的だと思う。

で、本書に関して言えば、やはり「危機」は話のまくらでしかないという印象が強かった。前提となる現状分析の精度が低い。ほとんど単なる印象論から出発している講義さえある。例えば第1章や第2章の冒頭を読めば瞭然としている。著名なカント研究者や心の哲学者でさえこうか、と嘆息した。むしろ応用倫理や政治・法哲学の研究者をもっと呼べば良かったのではないかとも思う。もちろん「危機」をそこまで陳腐化させることなく、あくまで抽象的な次元に留まる議論もあり、そうした論考の方がかえって成功しているようにも思える。

多少フォローしておくと、話のまくらがどうであれ、必ずしも本論がつまらないわけではない。とりわけ日本における「啓蒙」概念の生成や『おくのほそ道』の成立史、サルトルのアンガジュマンに関する小論などは勉強になった。加えてアーレントをきちんと読む必要を再確認した。