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石牟礼道子『苦海浄土』

苦海浄土 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

苦海浄土 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

二年ほど前、池澤夏樹の世界文学全集をはじめて本屋で目にしたとき、一つだけ日本文学が入っていること、それが水俣病というセンセーショナルな問題を扱ったノンフィクションであることにおどろいた。それから数ページを立ち読みして、文章の美しさにまずは感嘆し、これは読まないといけないと思ったことを覚えている。

この作品は全くのノンフィクションではない。水俣病患者の人々の語りはあくまで作者によってパラフレーズされている。それによって彼らの声は補足され、くっきりした精神性として現前する。 *1それと並行に、諸々のカルテ、公文書、チッソ側と患者側との対話がさし挟まれる。

題材ゆえに、これは呪いの文学ではないかという先入観が、読み始めには確かにあった。実際そうでもあるのだ。患者たちや支援者が、「怨」や「水俣死民」の字を染め抜いた黒旗を掲げる様子、その呪いは尽きぬ共感をもって描かれている。読みながら、この作品は呪いなのだろうか、それとも祈りなのだろうかと考えた。

どちらでもあるだろう。作者はこの作品を「浄瑠璃のごときもの」と呼んでいる。

色々思うところはあったけれど、いずれにせよ、これがほとんど奇跡のような文学作品であることには間違いない。


石牟礼道子『苦海浄土』刊行に寄せて

*1:ノンフィクションという言葉が無意味であることは例えば『メタフィクションと脱構築』において指摘されているが、この作品はそれに対する一つの見事な例証だとも言える。