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ソンタグ『隠喩としての病い エイズとその隠喩』

ソンタグの基本姿勢ーー肉体に対する「反解釈」。病に関するあらゆる隠喩、神話を「暴露し、批判し、追究し、使い果たさねばならない」。

歴史的に、結核と癌における隠喩の使用は顕著だ。結核は情熱の病とされ、繊細さや精神の高揚に重ねられていた。ロマン主義は結核を死を霊妙なものにする病気とした。癌はその反対ーー欲望の抑圧、挫折の結果と見做されていた。いずれにせよ、意志の病気だ。

結核は二十世紀には死に至る病ではなくなり、このような隠喩は廃語となった。だが癌は?

癌はさらに、略奪と悪の隠喩として使われる。癌にはある種の根源性がつきまとい、それゆえにその隠喩は多くの政治的パラノイアに利用されてきた。戦争におけるプロパガンダ、宿命論、革命論。あるいは全体主義。ヒトラーの修辞法は癌や梅毒の隠喩に支えられている。「国家体」の病という隠喩。

つまり、癌の隠喩には軍事性がつきまとうのだ。あるいは単純明快なSF性が。癌細胞の「侵略」を防ぎ、放射線や化学物質によって「殺す」。このような比喩の始まりは「病原体」が発見された19世紀末に見ることができる。

エイズに関する隠喩にもこの軍事性を見ることができる。それは「道徳的な」「一般の人々」のもとに侵入してくるものだ。どこからか? 第三世界から、ゲイカルチャーと快楽主義から。つまり、「外部」から。こうしてエイズとの闘いは全面的な文化闘争となる。われわれは特権的な文化の場にいるという考えは、この被侵略のイメージを促進する。

これらの軍事的な隠喩、「全面的な」隠喩に、ソンタグは抵抗するのだ。

Queueとして処理するつもりがどんどん適当な順番でまとめてしまっている……。